看護のための精神医学 再び

医学看護のための精神

看護のための精神医学    中井 久夫 (著), 山口 直彦 (著)


先日紹介した、『看護のための精神医学』、 記事を書いた時は
実は半分しか読んでいなかった。
全部読んだらまたまた感動だったので、記事を再び書いてしまおう。

って興味のない人も多いと思うけど、精神科看護について書くのは私の自己満足で。
いや、このブログ記事全体が自己満足に違いないのだから、
いちいち断ることでもないんだけど。。

もうすぐ退院する私の初めての受け持ち患者さん、とっても良くなったのでとてもうれしい。

幻覚・妄想ってそうそうなくならないって聞いてたけど、
この患者さん、全くその症状がなくなったとのこと。

薬に対する理解力もあり、今後の内服の継続も大丈夫だと思われる。

急性期病棟に勤務しているので、その他の患者さんも皆よくなって帰って(退院)
行く方が多いのだ。
そんな患者さんを日々看られることがとても幸せなことだ。

本日は夜勤だった。
勤務が終わろうとしているとき、
「poohさん、もう帰っちゃうんでしょ。もうすぐ帰っちゃうんでしょ。今度いつ来る?
夜勤で来る?」 
と、私が勤務していることで安心してくれる患者さんもいるのだ。

「poohさんが、今日来るってボードに書いてあったから、よかった~って思ったんだ。」
とも言ってくれたり。

まだまだ精神科に慣れない(年齢のせいか実際に慣れていないと思われることは少ない)
こんな私のことを思ってくれるなんて、とてもうれしい。

そんなことを他の誰にも言われたことなんてないのだから、
まさに私にとって癒しの患者さまだ。

ってことで、本題。

この本 『看護のための精神医学』、 文章に温かみのあることは前回書いたけど、
本当いいな~って思える文章が数多くあるので、厳選して紹介してみますね。


  ・看護という職業は、医師よりもはるかに古く、はるかにしっかりとした基盤の上に
   立っている。医師が治せる患者は少ない。しかし看護できない患者はいない。
   息を引き取るまで、看護だけはできるのだ。

  ・夢でも人生でも、ときどき休止符がないと必然的に暗くなってしまうのではあるまいか。

  ・看護師の位置が、患者側に寄っていることに注意してほしい。
   「そっと患者を守る」 という感じである。
   ふんわりと花のような感じでいる、というのがよい。
   事務的でなく、あまりキビキビしないくらいがよい。
 
  ・患者が閉じこもっている殻を破る力をもっているものは、理屈ではなく、生き生きとした
   音調や表情や身ぶりである。
   私たちは子育てのとき、そうしていないだろうか。

  ・患者にたいするときは、どこかで患者の 「深いところでのまともさ」 を感じる気持ち
   が治療的である。
   それは治療者の表情にあらわれ、患者によい影響を与え、治療者も楽になる。

  ・「やさしさ」 は、押しつけがましさなく相手を包むものであり、求め求められる関係を
   超えたものであって、求めて得られるものではなく、求められてさずけるものではない。

  ・「患者が変わる」 のであって、医療者が患者を変えるのではない。
   医療者は 「患者が変わる際の変化を円滑にし方向の発見をたすける触媒」、
   できるならばあまり害のない 「よき触媒」 であろうと願うのがゆるされる限度であると
   筆者は思う。


私たちが患者さんにできること  
 となりでふんわりと花のような存在でいて、良いところを認め、感じ、
 期待されるわけではない優しさを与える。。
そして、「卵を握るような、ふわりとして落とさない包容」。

これって良きパートナーとの関係に似ていないだろうか。
精神科看護って看護の基本、人間関係の基本、人間愛の基礎がある気がするんだな。

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pooh

Author:pooh

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Jazzが大好き
ナース:介護老人保健施設勤務
jazz sax修行中

ジャズを中心に美術や映画、本のことなど雑多に書いています。
大好きなナースのお仕事の事も・・・
元GAROのマーク 大好き~💙

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